水景の雑記帳

雑談多めの「深く考えない脊髄反射的な」ブログ。ほどよい息抜きに。

RE:うつ病をひたすら前向きに捉えてみた (おそらく過去最長記事)

 

 以前、「うつ病をひたすら前向きに捉えてみた」という記事を書きました。

 

mikagez-diarynotez.com

 

 今日は、この記事のリメイクです。

 

 

 この記事を書いたのは、たった2ヶ月前。

 それでも、自分の置かれた状況や心境に変化があったのでリメイクします。

 

 

 

 1 コロナウイルス罹患で味わった3つの地獄

   2021年6月。あの悪夢は突然にやってきました。

   当時、私はいわゆる寮生活をしていました。

 

   コロナウイルスが猛威をふるい始め、国内外ともに大パニックの頃。

   私が暮らしていた寮でも、感染者を出さないようにという名目で

   外出禁止令が出されていました。

 

   しかし、一緒に暮らす仲間の多くは私よりも5つくらい年下。

   遊びたい盛りの新人くん達に、外出禁止令はだいぶこたえたようで、

   この外出禁止令を破って、遊びに行く「闇外出」が横行していました。

 

   そんな中、恐れていた事態が起きてしまったのです。

   寮内でクラスター感染が確認されてしまいました。

   およそ30名いる中、6名が陽性反応。即、隔離・入院が言い渡されました。

 

   その6名の中に私も含まれていたわけですが、

   本当の地獄はここからでした。

 

   まず、はじめの地獄は「感染源となった犯人探し」。

   いくら闇外出が横行していたとはいえ、他にも感染源となり得る

   要素はいくらでもあったはずなのに、周囲の目は非常に冷酷でした。

 

   つまり、私たちの中の「誰か」がばら撒いたのではないかということ。

 

   仲間内でそういう疑いの目が向けられることもショックでしたが、

   上司も上司で、「お前らのせいで」と責められる始末。

 

   私としては、国内外でこれだけ流行している以上、

   どんな環境であっても誰が感染してもおかしくない状況であって、

   このクラスター感染も誰のせいでもないだろうと考えていました。

 

   それでも、周囲から冷ややかな目で見られると

   仲間内、上司との間、他の部署の人間、様々な方面から

   「寄るな、近寄るな」「お前らが悪い」「お前らのせいで」

   そんな罵り合いになるという非情な現実。

 

   正直、ムカついたというか、死ぬほど悔しかったです。

 

   次なる地獄は、「感染者6名中、発症者は私だけ」。

 

   陽性反応が出たものの、いわゆる「無症状」な状態で済んだのが

   私以外の5名。

 

   そうなると、周囲は「え?水景、お前のせい?」という空気に。

   当然、私は闇外出などしていませんし、むしろ感染を防ごうと

   手洗い・うがいを徹底していたくらいだったのですが、

   感染を免れた人間や上司たちは、私のせいだと言い始めたのです。

 

   しかも、私だけが肺炎を発症したことで

   別の病院に移送され、一時は医者・看護師が青い顔をするくらい

   状態が悪かったのですが、誰もそんな苦しみなど理解してもらえず。

 

   むしろ、入院中で病院の消灯時間だというのに

   上司らから

   「連絡よこせ、この裏切り者」「入院して、仕事休んで王様気取りか」

   などという心無い言葉を浴びせられることに。

 

   後から聞いた話では、私以外の5名も同様の嫌がらせをされていたそう。

   そうなってしまっては、感染した私たち6人と他の人間たちの関係性は

   言うまでもなく最悪な状態。

 

   そして、3つ目の地獄は「上司が検査結果を改ざんまたは隠蔽した」。

   30名中6名の陽性反応が出た、つまり、5人に1人の割合で感染した。

   この事実を隠蔽するために、

   上司たちがこぞって検査結果を改ざんまたは隠蔽したという噂が。

 

   まぁ、これはあくまでも噂に過ぎないので

   今となっては、真実は闇の中ですが、

   私たちからすれば、十分にその噂を信じるに足るだけの確信が。

 

   そりゃぁ、そうですよね。

   誰だって、あんな暴言や嫌がらせを受けたら、

   「あぁ、あのクソ上司ならやりかねんな」と思うと思います。

 

   こんな3つの地獄の中、

   コロナ患者となってしまった私たち6人に味方は誰もいませんでした。

 

 2 うつ病と診断され、仕事どころではなくなった

   こんな地獄の寮生活をとりあえず終えて、

   ようやくこれから仕事も本格的に軌道に乗りそうだなという矢先。

 

   私の心身はすでにボロボロでした。

   当時の記憶はないのですが、1週間ほど失踪していたのです。

 

   一体、この間に何があって、どうやって生還したのか。

   全くわかりませんが、奇跡的に私は実家に帰還できたのです。

 

   しかし、その代償はあまりに大きく、

   体には無数の切り傷、自分の家族や名前すらも言えないくらいの錯乱状態。

   有り体に言えば、「リスカ」と「重度の鬱状態」に陥ったのです。

 

   最寄りの精神科病院に直行し、「うつ病」と診断され

   治療が開始されるかと思いきや、この精神科との相性は最悪でした。

 

   そこで、病院を変え、別の精神科に通い、

   初めて「コロナ感染症の後遺症によるうつ病」という診断が。

 

   コロナ感染で後遺症が残り、それがうつ病に発展するという

   メカニズムはよくわかってはいないが、事実、そういう患者が多いそう。

 

   そして、思い出せる限りの私が味わった「地獄」について話すと

   うつ病になってもおかしくない危険な状態だったと判断され、

   仕事も休職し、実家で安全に療養するようにという指示が出ました。

 

   一応、職場の配属も寮生活時期から変わっており、

   あの「地獄」のクソ上司どもとはおさらばした後で、

   休職をしなければならない旨を話すと理解・心配をしてくれるような

   上司だったので、おかげでそれから1年半経った今日に至るまで

   静養することができました。

 

 3 傷病手当金の受給期間が終わり、無給状態に突入

   仕事を休職するにあたって、お給料面はだいぶ変わりました。

 

   一般的に、雇用保険では、

   「連続して勤務できなくなって4日目から、およそ1年半にわたって

    傷病手当金を受給することができる」と

   定められており、私もこの制度を利用することができたので、

   先月まではまぁまぁお金には困らないくらいの額はもらえました。

 

   しかし、先月にその傷病手当金受給期間が終了。

   つまり、先月から私はお給料が一切出ない「完全無給状態」。

 

   その関係で、保険料や税金などの支払い方法も

   お給料からの天引きができなくなり、振り込み方式になり、

   こうした事情があるにもかかわらず、

   支払うべきお金は容赦なく請求され、正直、ちょっと焦ってます。

 

   幸い、

   あと1年くらいは無給状態でもなんとかなるくらいの蓄えはあるけれど

   それでも、タイムリミットが刻一刻と迫っているという事実に

   焦りを感じない方が無理というもの。

 

 4 状況的には、圧倒的に不利。だが、それでもっ!!

   ここまで、書いてきたように、

   未だうつ病を克服はできておらず、仕事も休職中の私。

 

 

   ですが、ここからが大事。

 

   「それでも」という言葉が私のお守りです。

 

   状況的には、圧倒的に私に不利。それでもっ!!

   うつ病は簡単には治らない。それでもっ!!

   お金はどんどん減っていく。それでもっ!!

 

   それでも、私はもう負けない。

   それでも、私はもう屈しない。

   それでも、私はもう泣かない。

 

   そう言い聞かせることで、なんとか精神を無理やりに安定させています。

   けっこうガチで魔法の言葉ですよ。「それでも」って。

 

 5 新しい「私」の創造

   さて、ここまで長々と書いてきましたが

   いよいよ本題です。(本題まで長っが!!)

 

   うつ病を経験して、唯一良かったと思えること。

   それは、新しい「私」を創造することができると気がついたこと。

 

   うつ病って、人によって症状や状態などは全然違うのですが、

   おそらく、「今までの自分自身が破壊される感覚」は共通しているのではと

   私は考えています。

 

   それを初めは「怖い」と思っていた私。

   自分が自分でなくなるような、「自分」という存在を規定できない感覚。

 

   しかし、よ〜〜く考えてみると、

   破壊されたなら、また作ればいい。

   今度は壊れないようにより強くなればいい。

 

   それは、つまり、新しい「自分」という存在を作り直すこと。

   過去は過去と決別し、明日を、未来を見据えて歩み出すこと。

 

   うつ病を克服した後の自分はどんなかな?

   この仕事だけが自分の生きる道かな?

   悲しみや痛みを知ったなら、今度はそういう人を守れるようになれるかな?

 

   そんなことを日々、考えて生活しています。

   こうして、ブログに思いを綴っているのも、その一環。

 

   よく「リハビリがてら書いてます」と私はブログに書いてますが、

   それは、こういう意味なのです。

 

   以前の私は、未来にそこまでの希望は持っていませんでした。

   明日は、今日よりも悪くなるかもしれない。

   今日や明日よりも、昨日の方が輝いて見える。

   そんなことを思っていました。

 

   しかし、過去の自分を捨て、新たな「自分」を創造した結果、

   「明日は今日よりも悪くなるかもしれない。

    それでも、私は、明日が欲しい!!」という願いを

   こうしてブログに臆面もなく語ることができるくらいには

   私は前向きな性格になれた気がします。

 

   学生の頃から、後ろ向きな性格が嫌いだったのですが、

   結果的にそこそこ前向きになれたのなら、それでOKだと思います。

   その引き金となった経験は、決して喜ばしいことではなかったし、

   こんなきっかけで自分が変わることになるなんて不本意ではあります。

 

   でも、それでもいいじゃん。

   それが、自分にとってプラスになれるものが感じられるなら。

   それで、自分の殻を1つ破っていけるのなら。

 

   そこに至るまでの過程での悲しみや痛みなど安っい勉強代だと思えば、

   うつ病になったことも、未だ克服できていないことも

   決して恥じることではない。むしろ、その傷跡は誇って良いとすら思います

 

   体に傷を負えば、癒えるのと同時により強く修復されるように

   私自身も傷を負えば、それをむしろパワーに変えてしまえる力を

   手に入れたと思えば、うつ病になったことは決してマイナスばかりではない。

 

   そんな経緯で、私は Pain to Power(痛みを力に)という境地に

   行き着いたわけです。

 

   失うものすらなくなった人間に怖いものなどもはや何もないのです!

 

 

 

   大変長い記事をお読みいただき、本当にありがとうございます🎵

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