水景の雑記帳

雑談多めの「深く考えない脊髄反射的な」ブログ。ほどよい息抜きに。

ストーリーを面白くする方法。それは、人を〇〇すこと。

 

 その昔は小説作家になりたくて、勉強していた私。

 その夢は諦めたものの、今、こうして文章を書いてると思い出す話が2つ。

 

 1 「作家になりたければ、上手な嘘つきになれ」

   小説やドラマ、映画などは「フィクション」としての「お話」であり、

   なおかつ「エンターテイメント」でなければなりません。

   そのためには、「嘘をつくこと」が重要だというのです。

   

   まぁ、わからない話ではありません。

   日常でも、「面白くするために話を盛る人」とかいますしね。

   きっと、そんな感覚なのでしょう。

   ただ、話を盛る人は大抵は、すぐにバレるので「上手な嘘」ではないけど。

 

   それに加えて、「裏切り」も「嘘」の一種でしょう。

   映画などのラストで「え〜〜!?」と観ている側の期待や予想を裏切る作品が

   めちゃ売れするのも、「上手な嘘のつき方」をした結果なのでしょう。

 

 2 「ストーリーを最も簡単に面白くする方法は、人を殺すこと」

   なかなかに物騒な物言いですが、本当です。

   「人の死」には、不思議な魔力がある。読者を惹きつけるような魔力が。

   サスペンスのような殺人でも、病気で救われない命でも何でもいいから、

   とにかく「キャラを1人は殺せ」。それがストーリーを転がすということだ。

   そう教えてもらいました。

 

   これも、わからんではないです。

   サスペンスドラマだって言ってるのに、誰〜も死ななければそもそも

   ストーリーが始まりすらしません。それは、ただの日常を描いただけです。

   逆に、ドラマやアニメの主要キャラが死ぬ展開になれば印象に残る。

   それが、人気キャラであればあるほどその反響は大きくなりやすい。

 

 

 この2つを上手に組み合わせて1本書ければ、それで一応は「作品」は完成する。

 そうは習いましたが、私にはめちゃくちゃ大変なことでした。

 

 まず、「嘘」をついたとして、それをプロット上に配置していくと

 話が矛盾したり、設定上に無理が出たりと「嘘」をつくタイミングが取れない。

 

 それに、「キャラを1人は殺せ」とは言うものの、せっかく必死に考えたキャラを

 死なせるのは、なんか嫌でした。元々の設定上、「死ぬべき立ち位置のキャラ」と

 割り切ってもそれでも、どんな死に方をするのか、それがストーリーにどれだけの

 影響を与えるか、そのキャラを死を通して、何が言いたいのか。

 全然、考えが及ばない・・・。

 

 昔に「フィクションは、作者という神の手のひらでキャラが踊る戯曲だ」なんて

 言った人もいたそうですが、そこまで大層な存在になるつもりはない。

 ただ、書いてるうちにキャラに感情移入してしまうだけで。必死に考えるほど、

 いざ「その時」がやってくると「無理だ、俺には殺せない」となるわけで。

 

 「それは、甘さであり、自分の世界に自分で酔ってるだけだ」

 なんて言われたりして、まぁ、そうなんだろうなと思い、「向いてない」と自覚。

 

 プロットまでは作っていたんですが、全〜部ゴミ箱にポイってしちゃいました。

 

 

 

 

 今では、ブログというある種ストーリーなんか関係ない世界で物を書いている私。

 人気ブロガーになりたいとか、稼ぎたいとか、そういう欲もなくはないです。

 

 でも、それでも一番強く思うのは、

 「数あるブログの中で、この「水景雑記帳」を発見してくれて、その上、

  読んでいただいたり、興味を向けてもらえたり、共感してもらえたり、

  時には心に刺さることが書ければ、それで十分すぎるほどだ。」ということ。

 

 「それを自分の言葉に酔っているというんだ」と当時の先生に言われそうですが。

 

 

 

 

 はてなブログというドメインパワー強めの大手の力を借りてはいるものの、

 こんなネットの海の辺境も辺境の地に訪れていただいて、時折コメントやブクマ

 などをしていただき、本当に感謝いたします。

 

 もっと「ためになるかもしれない」「心に刺さるかもしれない」ことが書きたいと

 そんなことを思う私です。