水景の雑記帳

雑談多めの「深く考えない脊髄反射的な」ブログ。ほどよい息抜きに。

おいでませ、極楽浄土

 

 祖父母の月命日にお坊さんがお経を読みにきてくれるのですが、我が家は

 「南無阿弥陀仏」でおなじみの浄土真宗の宗派でして、よく極楽浄土についての

 お話を聞いたりします。

 

 曰く、極楽浄土では病やケガ、障害、貧富の差など現世にあったあらゆる

 しがらみから解放され、亡くなった人の魂は「最も良い状態」でここに住まい、

 清らかな水を飲み、子孫たちの繁栄を見守り、「南無阿弥陀仏」と唱えて

 魂を清め、次なる生を待つのだとか。

 

 宗教や宗派によって、この極楽浄土とか天国とかそういう概念は違っている

 ようですが、我が家に来てくれるお坊さんはこんな感じのことを言ってました。

 ただ、今ではそこそこの檀家さんを抱えるこの宗派、昔は大変だったとか。

 

 鎌倉時代室町時代などの「武士の時代」には全く民衆受けせず、存続の危機に

 あったとか。武士の思想では「自らの剣の技でこの命がある。明日も生きるには、

 自らを鍛えるのみ」というのが根底にあって、「南無阿弥陀仏」と唱えただけで

 仏様が助けてくれるなんてあるわけがない。そんなの、他力本願教じゃないか。

 そう言われた時代もあったとか。

 

 ある意味「他力本願」な部分がこの宗派にはあるかもと私も思ったりするわけ

 ですが、何せ「死後の世界」の話ですからねぇ・・・。

 何が「正しい」のかなんて、現世に生きる我々が理解できることでもなし、

 むしろ、現世でああだこうだと言うのはおこがましいことなのかもしれない。

 

 そう思うと、宗教的な教義が原因で戦争になったりとか、他の宗教宗派の人を

 差別したりとか、そういう現実が世界中にあるわけですが、そういう世界の姿は

 「向こうの世界」の魂たちにはどう見えているのか。

 なんてことをたまには真面目に考える私です。