水景の雑記帳

雑談多めの「深く考えない脊髄反射的な」ブログ。ほどよい息抜きに。

チェンジ・マインド!「劣等上等!」

 

 優等生と劣等生。どちらかのレッテルが自分に貼られるとしたら、

どっちがいいですか?おそらく、優等生でありたいと思う人が多いのでは?

 

 私の学生の時代は、どちらかと言えば「優等生」タイプで、成績は上位、

教師陣からも「よくできてる」とよく褒められ、GPA値もいつも3.8以上。

 でも、社会に出て初めて挫折というか、「勝てない・・・」という経験を

しました。やっぱり、勉強と仕事は勝手が違うし、人付き合いとか、コミュ力

とか、そういうもので「評価」は変わる。いわゆる「世渡り上手」「処世術」

というやつですね。私は、そういうものを持っていなかったばかりに、社会人に

なって「劣等感」を初めて抱いたのでした。

 そして、このブログでも度々書いている、うつ病の件。これによって、私は

あらゆるものを失ったわけです。今も療養中ですが、明らかに「以前の自分」

とは違う。「できて当たり前だったことができない」。過去の自分と比較して、

今の自分は明らかに劣っている。そういう劣等感も感じました。

 

 劣等感を抱いて思ったのは、「優等生でいるのは、実はけっこうしんどかった」

ということ。他人から褒められ、賞賛され、認められ、頼られる。そんな優等生

タイプの人って、気づかないうちに「辛い」と感じているということ。確かに、

他人から認められれば誰だって嬉しいし、次へのモチベにもなります。ただ、

それは同時に「他人の期待に応えよう」と知らず知らずのうちに他人軸の

考え方になっていく。そして、「もし、失敗したら」と不安になる。

まさに、私の学生時代はそういう不安でいっぱいで、だからこそ、人一倍勉学に

励みました。

 でも、そういう他人軸で生きるって、本当にそれでいいのか?

 他人の評価に縛られて、自分の意思はどこにあるんだろう?

 そんな風に思い始めました。

 一度、劣等生になってみてわかったのは、劣等感を抱く者が思うのは、向上の

意思だということ。「こうなりたい」「こうでありたい」という欲求。しかし、

その一方で「自分なんか」と自信がないことを理由に行動しない・できない。

 でも、そういう時には、「劣等上等!」と叫んでみましょう。これ、実は

魔法の言葉なんですよ。

 これまでの自分は、いろいろなものに負けてきた。学業成績が良い者、営業成績が

常にトップの者、世渡り上手で出世していく者、面がよくてモテる者。そんな奴らに

敗北し、劣等感という感情だけが残った。だが、それがどうした?劣等上等!

 そう叫んでみましょう。要するに、「開き直り」ですね。

 

 「カエルの子はカエル」という諺がありますが、劣っている自分が生み出すものも

劣っている。そんな考え方では、この諺の通りになってしまいます。でも、

「劣等上等!」と開き直ると、その「カエル」はただのカエルではなく、井の中から

大海へ漕ぎ出そうとするカエルに変身します。「井の中の蛙、大海を知る」by水景。

こうして変身した「カエル」は、井の中では満足できず、もっと広い世界を知りたく

なり、海へ出るためにいろいろな努力を重ねるようになります。それって、劣等生、

落ちた者から這いあがろうとするための努力に他ならないわけで、他人のためでは

なく、自分のために成長しようとする意外と前向きな開き直り方です。それが、

「どうせ自分なんか」という弱気な自分を打破するきっかけになります。そうなれば

あとは、こっちのもの。あとは、這い上がるだけ。得るだけ。

 そんな風に考え方を捉え直してみるのも、メンタル安定にはいいですよ?